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2010.01.23

ダフネ・デュ・モーリア/『レベッカ』あらすじ

 『レベッカ』(原題“Rebecca”)は、イギリスの女性作家ダフネ・デュ・モーリアが1938年に発表した小説です。1940年にはヒッチコックによって映画化されましたので、映画をご覧になった方も多いかと思います。(彼女はヒッチコックの映画『鳥』の原作者でもあります。)

 この『レベッカ』、あらすじはこんな感じです。

 「わたし」は、海の事故で妻を亡くした英国紳士マキシミリアン・デ・ウィンター(マキシム)に見初められ、マンダレイにやってきた。マンダレイでの優雅な上流階級の生活にとまどい、萎縮する「わたし」。マンダレイでの生活と人々の会話の端々から浮かび上がる、先妻レベッカ。昔を語ろうとしないマキシム。レベッカを慕い続けるデンヴァース夫人。死んでなお色濃く残るレベッカの影に「わたし」は怯える。

 「わたし」の緊張は仮装舞踏会でピークに達する。しかしそこから物語は急激に動き出す。仮装舞踏会の翌日。レベッカの船が海底から見つかり、その中から、レベッカの死体が発見されたのだ。

 マキシムが抱える過去とは。レベッカの本当の姿とは。
 そして「わたし」とマキシムと、マンダレイの行く末は……。




 『レベッカ』は、ゴシック・ロマン・サスペンスの要素をあわせ持った小説です。すなわち舞台は歴史ある名家と古い屋敷、名家の男やもめマキシムと主人公の女性との恋愛模様、そしてマキシムの先妻レベッカにまつわる死の謎が描かれた物語です。


 主人公の女性は「わたし」。作品中名前が出てくることはありません。対して先妻レベッカの存在感の大きいことといったら、比較になりません。それからデンヴァース夫人。彼女の存在も想像するとリアルに迫ってきて怖い。怖すぎです。
 物語の前半は主人公の夢見がちな、弱々しい、劣等感に満ちた世界観で占められています。ゆったりしたテンポで話が進むので、冗長と思えるかもしれませんが、後半は怒涛の展開になります。戦慄が走り、緊張しっぱなしで、手に汗握りページを繰るのももどかしく、一気に読んでしまいます。


 読みどころは、主人公の女性の心理描写、デンヴァース夫人の生々しい振舞い、後半の息詰まる“攻防”などなど。いろいろな読み方ができます。主人公の女性になりきって読むもよし、イギリスの自然や上流階級の暮らしぶりを読むもよし。

 

 表記についてひとこと。
 『レベッカ』の翻訳は、大久保康雄氏のものと、茅野美ど里氏のものがあります。英語をカタカナに直す弊害とでもいうのでしょうか、翻訳によって地名や登場人物の表記が微妙に異なります。
 たとえば“Manderley”という地名について、大久保氏訳では「マンダレイ」、茅野氏訳では「マンダレー」です。語尾の「イ」と「ー」、この違いは小さいようで大きいと思うのですが……私だけでしょうか(汗)


一例をあげると下記のようになります。

表記の違い一例

原文          大久保氏訳           茅野氏訳
Manderley       マンダレイ           マンダレー

Beatrice Lacy     ベアトリス・レーシイ      ビアトリス・レイシー
Frank Crawley     フランク・クローリ       フランク・クローリー
Mrs. Danvers     デンヴァース夫人       ダンヴァーズ夫人



 あらすじの表記は大久保氏の翻訳によるものです。
 私が初めて『レベッカ』を読んだのは、大久保氏の翻訳で、この表記に慣れているので上記のようにしました。今後も大久保氏翻訳の表記でいこうと思います。茅野氏の翻訳に親しんでいる方は気になるかもしれませんが、ご了承くださいね。


次回は 翻訳読み比べ の予定です。
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