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2010.02.03

『レベッカ』 翻訳読み比べ(その2)

ダフネ・デュ・モーリア著『レベッカ』の翻訳読み比べ


 こちらの続きです。
 大久保氏と茅野氏、両氏の翻訳の違いについてまとめると、全体的に大久保氏が一定の距離を保って翻訳しているのに対して、茅野氏は物語の中に入り込んじゃっている、という印象です(あとがきを見たら、やはりそうでした)。

私はどちらも楽しめました。


 ここでは、マキシムの言葉づかいと、怖さの“引っ張り方”から見る翻訳の違い、について書いてみました。


●具体例―マキシムの言葉づかい

両氏の翻訳を読んで、大きく違うと思ったのがマキシムの言葉づかい。こちらも具体例を挙げてみましょう。

大久保氏の翻訳。

あなたはぼくのいうことを信じていませんね。ご心配なさらずに、こちらへきておかけください。おいやなら、おたがいにお話ししなくてもいいんですから」



「お友達のかたはどうなさいました?」


(大久保訳、上巻、p.44)

茅野氏の翻訳。

「本気にしていないね。ま、どうでもいいから、こっちのテーブルにいらっしゃい。お互いに気が向かなければ話をする必要もないんだし」




「お友だちはどうしたの?」


(茅野訳、上巻、p.45)


 いかがでしょう。大久保氏翻訳のマキシムは「昔の紳士」という感じですが、茅野氏翻訳のマキシムは「現代的な42歳」という感じ。比べると実に若々しいマキシムです。現代ではこういう言葉遣いの方がマキシムの性格や雰囲気がわかりやすいのかもしれませんね。



●具体例―ゾクゾクするのはどっち?

 怖さの“引っ張り方”というわかりにくい観点ですみません。
何といってよいのか語彙が少なくて言い表せない(汗)

 両氏の翻訳の違いがよくわかり、怖さの引っ張り方にも差があるので、ちょっと長いですが引用してみます。以下は農園の近所に住む気の毒な男ベンが、以前マンダレイの入り江で見たものを「わたし」に語るくだりです。

 ここではまず、茅野氏の翻訳を見てみましょう。

「もうひとりとちがう」ベンは言った。
「もうひとり?誰のこと?」
ベンは首をふり、またこちらを窺うような目つきをして、指を鼻のわきに押し付けた。
「背が高くて、頭が黒いの。ヘビみたいな女(ひと)。ここにいるの、みたよ。夜になるとくるんだ。おいら、みたんだ」
 ベンはじっとわたしを窺って言葉を切った。わたしは黙っていた。
「一度のぞいてみたんだ。そしたらかみつかれた。ほんとだよ。『あんたはわたしを知らない。ここにいるのも見なかった。二度と見るんじゃない。今度窓からのぞいたら、施設に入れてやる』って。『施設ではいじめられる。いやでしょ』って。
 なんもいいませんって、敬礼したの、こんなふうに」


(茅野訳、上巻、p.315~316)
※( )内はルビ。

 入り江でベンが見たものについて、茅野氏の翻訳では「ヘビみたいな女(ひと)」と、はじめの方で女性であると明示し、続く恐ろしい言葉でその女性の怖さを表しています。

ちなみに原文では茅野氏の翻訳通りの箇所で“she”と出ますので、すぐ女性とわかります。


次に、大久保氏の翻訳を見てみましょう。

「あんたは、もうひとりのようじゃねえ」と、彼は言った。
「それは、だれのこと?」と、わたしは言った。「もうひとりのひとって、だれのことなの?」
 彼は首を振った。その目が、またずるそうに光った。彼は指を鼻に当てた。「背が高くて、色の黒いひとでね」と、彼は言った。「まるでへび(※)みたいな感じのひとでしたよ。わしは、ここで、この目で、そのひとをみたんだ。夜になってから、やってきたのを、わしは見たんだ」彼は、じっとわたしのほうをながめながら口をつぐんだ。わたしは、何も言わなかった。
「わしは、一度、そのひとを見ただよ」と、彼は言った。「すると、そのひとは、わしのほうを向いて、こう言っただよ。『おまえは、あたしが誰だが知らないだろうね?いままで一度も、ここであたしに会ったことはないし、おそらく、これからさきも会うことはあるまい。もしおまえが、ここで窓からのぞいているところをつかまえたら、あたしは、おまえを病院へ入れてしまうよ。おまえだって、そうされるのはいやだろう。病院に入ると、ひどい目にあわされるんだよ』そこでわしは、『わしは、なんにも言わねえだよ、奥さま』と言ったんだ。そして、こんなふうにして帽子に手をやったんだ」


(大久保訳、上巻、p.317~318)
※「へび」には傍点あり。

 大久保氏の翻訳では、はじめの方では男か女か明示されず、最後の「わしはなんにも言わねえだよ、奥さま」という一言でやっと女性であると明らかにされ、しかも誰なのかというところまで読者にはっきりと示します。翻訳の妙といいますか、こちらの方があとで怖さがやってくるような気が私はするのです。

 ま、ベンが言う人物の言葉遣いで女性と(そして誰だか)すぐにわかるといえばそれまでですけどね…汗


 茅野氏の翻訳は結構重要なことがさらりと出てくるような気がします。
対して大久保氏訳は曖昧にしておいて後半でわかる、という感じ。(ギョッとするほどはっきりな部分もありますが…)幻想的で不気味な雰囲気は、私個人としては大久保氏の翻訳の方により強く感じます。

 大久保氏訳、オススメですよ。大久保氏訳は今や古本でしか手に入りませんが、読む価値ありです。ちょっと読みにくいけど、後半の、あのゾクゾク感はスゴイです。
 しかし、茅野氏の翻訳もオススメです。読みやすいですし「わたし」の気持ちがひしひしと伝わってきます。


可能ならば、ぜひ!どちらも読んでみてください。
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