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2010.02.07

『レベッカ』/マキシムについて(その1)

今回は『レベッカ』を読んで感じたマキシムの印象について。




微妙にネタバレしています。
『レベッカ』未読の方は、原作を読んだほうがわかりやすいかと思います。


 
 人それぞれ感じるマキシム像があると思いますので、ゆるく読んでいただければ幸いです。
●マキシムの基本データ

42歳のイギリス人男性。
貴族の家系、デ・ウィンター家の当主。マンダレイを領地に持つ。

  デ・ウィンター家は、「無策無能のエセルレッド王」の話からして、11世紀にはすでにマンダレイに
  居城を持って住んでいたらしい。
  日本で言うと平安時代、藤原兼家、道長親子の時代あたりです。
  つまり、1000年は続いているってこと?!…すごい。
  相当に歴史ある家系なわけですね。

  マンダレイの領民にとって、デ・ウィンター家はレベッカが来る以前からの心のよりどころです。
  良い意味でも悪い意味でも。

  マキシムには、家を維持しなくてはいけない責任がある。
  マキシムの肩には常に”一族の歴史”と”家名”が重くのしかかっているわけです。
  ゴシップを恐れるのも家名を思えば無理もないかと。

  マンダレイは、マキシムの心のよりどころでもあります。
  マキシムはマンダレイをこよなく愛しています。
  (マンダレイを散歩するときのマキシムはご機嫌で、絶対に走らない。)


●マキシムの性格と行動

思慮深く、大変我慢強い。
年に1度か2度、ひどい癇癪を起こす。

  
  これは姉ベアトリスの評。なのでマキシムの幼い頃からの傾向が含まれていると思われます。
  癇癪については、これだけの家名を背負っていれば、無理もないと思いますが。
  そしてレべッカとの結婚生活がアレでしたので、抑圧はさらに上乗せ。
  

快活で若々しい表情、よく笑う。
生気のないこわばった表情をする。
感情の起伏が激しい。


  矛盾していますが、これがマキシムの性格です。
  快活な様子は、本当に心を許せる人に対してだけ見せる一面なのだと思います。

  マキシムは、外の表情と心の内が分離した人間だと思います。  
  マンダレイの当主としては完璧ですが、こと自分のことになると非常に脆いマキシム。
  立ち入られたくない心の領域に入られると、身を守るために激しく感情的になります。
   
  ベアトリスはマキシムの心を知ってか知らずかなんでもズバズバ言うので、マキシムがイライラして
  けんかになってしまいます。
  また、「わたし」がマキシムの意に沿わない言動や行動をすると怒ったり嘆いたりします。 

  でも、感情的になるのもマキシムのごく近しい人の前でだけです。
  無遠慮で無神経なヴァン・ホッパー夫人に対しては、皮肉で応酬。


直感力がある。
  
  これは姉ベアトリスにもあてはまるので、一族の特徴かもしれません。
  レベッカの目の奥に光る何かを感じたのも、
  「わたし」の心の内を一目で見抜いて(手紙を書いてしまうほど)気に入ってしまったのも、
  この直観力が存分に働いていると思います。

 
かゆいところに手が届くかのような対応を出来る限り尽くす、「自分の着ている外套をぬいでも人に着せてやるほう」 と言われている。

  これはマンダレイの沿岸監視人の評。(屋敷西側の海の湾は、マンダレイの領地。)
  マキシムを知る人たちの評価は大変よいものばかりです。
  フランク・クローリがマキシムに厚い忠誠心をもっていることからも、ジュリアン大佐の
  マキシムに対する態度からも“男惚れするタイプの男”なのかも。
  マキシムは、当主としては申し分ない“格”を持っているのでしょう。
  
  フランクと共にマンダレイの仕事に没頭することが、マキシムの慰めになっていたのでは
  ないかと思います。
  尊敬される当主マキシム、だけど心は大荒れで自分自身を軽蔑しているマキシムでもある
  わけで。考えれば考えるほど外と内のギャップが大きい男だ。
  

  外套を…の行動については、マンダレイを愛するマキシムの本来の性格からくる行動だと
  強く思いたいが、マキシムの心の闇を思うとマンダレイの当主としてあるべき姿を”演じて”
  いるのかも、という思いもぬぐえない。


健康の話題は嫌い。
  
  何度も出てきます。「顔色悪い」「やつれた」「具合悪そう」などと言われると必ず反論。
  自分のことをとやかく言われたくないようす。


●マキシムの社交性

  マンダレイの領民からの信頼厚いマキシム。原作にははっきり書いてありませんが、おそらく
  身分や外見などで人を判断しない人なのではないかと思います。また、誰にでも礼節を尽くす紳士なの
  かな、とも思います。  

誰も真似できない独自のやり方で来客の相手をする

  これは「わたし」がマキシムと心の距離を感じていた時のマキシム評です。
    
  マキシムは、来客に対して、失礼な態度は決してとりません。
  仮装舞踏会のように500人(!)の来客があっても対応できます。
  (食事の心配はフリス、たばこや飲み物の心配はフランクが担当)
  出かけてきてくれたお客の招待は受けるし、お礼の訪問も必ずします。

  マキシムにとっての社交とは、退屈なものだがこなさなくてはいけないもの、です。
  社交が苦手な「わたし」は、はじめそんなマキシムが理解できませんでした。
  しかし「わたし」自身の心が凍りついてしまった仮装舞踏会では、「わたし」は不思議なくらい
  社交的になれました。それは、外と内が分離しているからできたこと。 
   
彼自身のものではないほほえみ、目
なんの表情もなく、冷やか
わたしのずっと向こうの、わたしがはいることのできない、あの苦痛と呵責の場所、わたしがあずかり知ることのできない孤独な内的地獄をながめていた。


   舞踏会での「わたし」は、マキシムをこのように評しています。「わたし」は、マキシムと似
  たような心境に陥った時、マキシムと同じ境地に立つことができたのでした。 
  
   マキシムは、「わたし」や心を許せる者以外の人にはずっとこうだったのではないかなあ、と
  思います。きちんとした対応を取っているけれども、心はずっと苦しんでいたのでしょう。



次回に続きます。



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